宅録

【宅録】DAWって便利だけど、このままじゃ音楽は衰退するかもね

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ここ最近涼しかったので、てっきり夏は終わったもんだと思ってましたけど。

ここにきて暑いですね。(8/20です)

甚平で外を散歩するのが心地いいです。

ここ数か月、このブログを書きながら心境の変化もあり。

音楽に対しての向き合い方も変わらざるを得なくなりました。

この25年間、ひたすら作品作りに没頭してきたわけで、その活動に意味を与える為にこのブログを始めました。

が、その間様々な過去の天才たちの考えに触れ(音楽以外の天才ね)どうも自分がやっていることが、ただの驕り昂りなのではと思うようになりました。

そもそも、人に何かを教えようとか言う考えが驕りですよね。世の中の教師と呼ばれる人たちにそう呼ばれる資格のある人がどれだけいるのか。

自分にその資格があるのか?

MTRの不便さが勢いになっていた

たかだか25年。引きこもって宅録していただけの人間に何を教えられるのだろうか。

作曲の方法を説いたところで、何になるのか。作曲できるようになりたい人間は、勝手に自分で始めてるんじゃないか。

そもそも自分がそうだった。

何の情報も得られない時代。せいぜい雑誌しかない、宅録系雑誌を初めて読んだのは20代半ばくらいです。

それを読んでから、余計な情報が入り始めたといってもおかしくない、と言えます。

MTRからDAWに移行して、独創性が無くなったともいえます。

作品として・・というか見栄えの面でのクオリティはアップしたかもしれませんが、それにどれほどの価値があるのでしょう?

MTR時代の作品は、編集も稚拙で音質もいいものではありませんでしたが、かなり自由に作っていて尚且つ勢いがありました。(若さもあるかも)

DAWになってから、急に余計なことが気になり始めたんです。EQがどうのとか、音圧がどうのとか・・

ある程度の見栄えは必要だけど、本当に大事なのはそこじゃねえだろう、と今は思います。

DAWが創造力を弱めている

DAWに移行して、今年で10年程経ちました。

ワタシの気持ちに呼応するかのように、PC不要の宅録機材もチラチラ現れつつありますよね。MTRは今も新機種が発表されていますし。

ジャンルによっては、DAWの細かい編集機能が不可欠な音楽もありますけど。

自分の作る音楽に関して言えば、それほど細かい編集がそもそも必要ではなく、DAWは便利すぎるのかもしれません。

音楽は自分の体から生まれるものです。

過保護過ぎれば、体はかえって弱まるもの。体から生まれる音楽にも同じことが言えるのではないか?

DAWは演奏の得意でないものにも、非常に優しいものです。

例えば、ギター。

通して弾くことが出来なくても、4小節くらいなら弾ける。じゃあ4小節だけ弾いてそれをコピペしてループさせましょう。

これで誰でも音楽が作れてしまいます。

確かに誰にでも敷居が低くなって、平等に音楽制作が出来ます。

でも、誰にでも作れる音楽のどこに魅力があるのか?

違う人間が作ればそりゃちょっとずつは違いますよ。

でも、そこを魅力にしてしまうのはどうなのか?

ちょっとずつ違うだけなら、人工知能でも出来ますよ?ていうか今後、人工知能の方が技術的にどんどん優れていくに決まっている。

DAWの環境は、半分機械に寄り掛かって作っているに等しい。

自分で作り上げているようで、実は違う。

自分で創造しているようで、DAWありきの作り方をしている。

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人工知能の方がいい曲作るんじゃない?

人工知能が発達すれば、人間がどういう音楽を好むのか、どういうメロディを好むのか。おそらくヒットした曲や、世の中にあふれるありとあらゆる音楽から、ビッグデータを解析し、最適な音楽を自動で生成するようになるでしょう。

もう既に自動生成するAI は生まれていますよ(まだそんなに良くないけど)

時間の問題です。

中途半端な音楽好きや中途半端なクリエイターの出る幕はなくなるでしょうね。

もうAIにまかしておけば、かっこいい音楽は勝手に生まれるんですから。

フジロックに人工知能バンド対人間バンド的なコーナーも出来たりしてね。

人工知能の作った曲を人間が演奏するなんて逆転現象も、いずれ当たり前になるでしょう。

実は既にそれに近い現象がありますよね。

ボーカロイドで有名になった曲を、人間が歌ってみる・・何てことが最近多くないですか?

人間が歌うこと自体困難な曲を、どこまで歌いきることが出来るか?

なんでAIに寄せようとしてるんだ?

確かにボカロ曲には、良い曲があります。人間には再現不可能なアグレッシブなものもね。

でもそれって音楽が進化したっていうのか?

人口知能が進化しただけではないのか?

頭の中の創造力が、人間の能力を超えたものを生み出し、それを機械に代替させる音楽。

既に人間の脳より、人口知能の方が優れてきている現実があります。将棋や囲碁の世界で実際に人間は負け始めてますよね。

人間の音楽はどう作る?ひとり相撲じゃAI劣化版じゃん

さて、どうします?

もはや、技術では勝ち目無し。

頭で考え得る方法では、全てにおいて人工知能が上をいくでしょう。

じゃあ、人間が作る音楽はどうあればいいのだ?

DAWやMTRはもちろん使わないと録音できません。

道具以外の何かをアップデートしなければ・・

進化は無い。

もう人と人が、繋がることによる音楽を作る以外ないのでは?

人が会い、折り重なる音楽を作る以外に。

若しくは人に伝える為に。

我を捨てる。

野口晴哉先生も、似たようなことを仰ってましたよ。我を捨てなければ治療とは言えないとね。

めちゃめちゃ難しいじゃん・・

果たして可能なんでしょうか。

自分の出来ることと出来ないことをはっきりさせ、立ち位置を把握し、頼るべきところは素直に頼る。

ひとりで気ままに作ってきた自分にとっては、180度方向転換になってしまう。

でも、もうそれしかないかもしれませんね。

全部自分で何とかしようなんて欲張ることを、やめなければならんのです。

我を捨てるってのはそういうことです。

ムズイね・・・

あなたもそろそろ考えてみてはどうですか?

それではまた。

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